ソニー人員削減―日本型経営の意地見せよ(朝日新聞)

朝日新聞社説 2008年12月11日
http://www.asahi.com/paper/editorial20081211.html

 米国発の金融危機による世界的な不況の大波が、日本を代表する企業の人員削減にまで及んできた。

 ソニーが日本企業としては最大規模の人員削減を発表した。本社や国内外の工場で働く正規社員16万人のうち5%にあたる8千人、派遣や請負の非正規労働者8千人以上の計1万6千人以上を1年余りの間に減らすという。

 世界的な消費悪化、円高、株安と経営環境はいわば三重苦の状態にある。ソニーが生き残りをかけてリストラに取り組もうとするのもわからないではない。

 しかし影響力の大きい企業だけに、産業界全体の人員削減を誘発することがないかと心配だ。5年前、同社の大幅減益見通しが日経平均株価を急落させ「ソニーショック」と言われたことは記憶に新しい。今度も雇用版ソニーショックとなりかねない事態だ。

 トヨタ自動車期間従業員など3千人を減らす方針だ。それを含め自動車大手12社の削減計画は合計1万人を超える。自動車や電機などすそ野の広い産業による人減らしの動きはすさまじい雇用悪化の連鎖を呼びかねない。

 この数年、日本企業の業績回復は、米国市場や中国など新興国市場への輸出に支えられてきた。その支えを失いつつあるだけに、産業界が今後のさらなる景気悪化に備えて身構えるのも無理はない。

 ただ、個々の企業の経営判断が合理的であっても、経済界が一斉に人減らしを始めれば、街には失業者があふれる。雇用不安から消費は萎縮(いしゅく)し、日本の景気はますます悪化する。

 世界同時不況にかこつけて、この際、不振事業を片づけてしまおうという企業の思惑もちらつく。ソニーの発表を受けて、河村官房長官が「雇用調整は一つの経営手段だが、乱用は困る」と注文をつけたのは当然である。

 10年前、米格付け会社から「終身雇用の維持が競争力を弱める」として格下げされたトヨタが猛反発し、大論争になったことがあった。結局、5年後に終身雇用を含めてトヨタ経営が再評価され、最高格付けに戻った。

 雇用は経営の「調整弁」ではない。だから人員削減に安易に乗り出さない。そういう社会的責任にこだわるのが「日本型経営」の良き伝統だった。

 企業も業績が悪化してつぶれてしまっては元も子もない。だが雇用に手をつける前にやるべきこと、挑むべきことがあるはずだ。

 かつて先駆的な製品を世に送り出してきたソニーには、新製品の開発や新分野の開拓によって新たな雇用を生み出す努力をしてほしい。雇用を守るだけでなく、創(つく)り出す。そういう新・日本型経営が必要だ。

 日本の経営者たち、今こそ意地の見せどころだ。

福祉の財源―先送りはもう許されぬ

朝日新聞社説 2008年12月11日
http://www.asahi.com/paper/editorial20081211.html

 基礎年金の国庫負担割合を、予定通り来年4月から2分の1へ引き上げることがようやく決まった。

 だが、懸案はまだ半分も解決していない。裏付けとなる「安定財源」がまったく示されていないからだ。こちらの方がはるかに難問だ。

 引き上げに必要な年間2.3兆〜2.5兆円の資金を、政府・与党は来年度、財政投融資特別会計のいわゆる「埋蔵金」からひねり出すとしている。これは事実上の国債発行であり、一時しのぎに過ぎない。2年目以降はどうするつもりなのか。

 年金だけではない。高齢化が進むのに伴い、医療や介護にかかる費用もこれから膨らんでいく。

 社会保障費の抑制政策のもとで、医師や介護の担い手の不足といった「ほころび」が深刻になった。これを直すのにも、お金が必要だ。

 政府の社会保障国民会議は、社会保障の支出が国と地方合計で08年度の27兆円から、15年度には43.5兆〜44.3兆円へ急増すると試算している。

 これらをどうやってまかなうのか。その全体像を示すのが、麻生首相がとりまとめを指示した税制改革の中期プログラムの役割だ。しかし、こちらの雲行きが、どうも怪しい。

 次の総選挙を意識して、与党内では、たとえ将来のことでも増税を打ち出すのはできるだけ避けたい、という空気が強まっている。まとめ役の与謝野経済財政相は「10年代半ばに消費税率を10%に」が持論だが、税率を盛り込むのは難しい情勢だ。

 引き上げ時期についても、首相は「3年後に消費税の引き上げをお願いしたい」と明言していたが、求心力の低下は目を覆うばかりだ。

 もちろん、世界不況の足どりが速まるなかで、先行きを見通しにくいのはわかる。が、それを口実に財源問題を棚上げしたのでは、国民の不安はさらに高まる。財源の裏付けがなければ、やがて社会保障の中身を削られてしまうと恐れるのは当然だ。

 小泉政権以来、「税制の抜本改革」を何度も約束しながら、いつも先送りしてきた。増税すると選挙で落ちる、と与党議員が反対するからだ。

 目標を定めても、その時の経済状況しだいでは先送りする必要が生じるかもしれない。だがそれは、いま目標づくりを避けて通ってもいいということではない。負担増から逃げ続ける、その姿勢にこそ問題がある。

 「私は逃げない」と麻生首相は言うなら、説得力のある目標を掲げて見せたらどうか。さらにそれを閣議決定し法案として国会へ出すことだ。

 民主党にとっても、社会保障の将来ビジョンを示すいい機会ではないか。安心の設計図を政党が示し競い合うことを、国民は求めているはずだ。