天声人語2008年5月26日(朝日新聞)

「働けないのなら去れ、というのが上司の考えです」。うつを発症した大企業の社員(38)の言葉だ。自身もこの病と闘う上野玲さんが『日本人だからうつになる』(中公新書ラクレ)で触れている。うつ多発の陰には日本的な「頑張れ精神」と、個を重んじない「村社会」があると上野さんは見る▼仕事上のストレスから心を病む人が絶えない。07年度、精神を患って労災と認められた人は、30代を中心に268人。うち、未遂を含む過労自殺が81人を数えた。ともに過去最多だ▼成長期には、社員の頑張りが会社を大きくし、皆を幸せにした。いまや競争と成果主義が職場を支配し、空気はとげとげしい。派遣やパートが増やされ、正社員の負担は重くなるばかりだ。時に頑張りという名のサービスだった残業は、過労と非効率のシンボルになった▼トヨタ自動車は、現場の知恵を吸い上げるQC(品質管理)サークル活動に対し、6月から残業代を丸々出すという。会社側は社員の自主活動としていたが、過労死訴訟で「業務」とする判決が確定、見直しを決めた▼日本マクドナルドも8月から、直営店の店長らに残業代を払い始める。残業代なしで遅くまで働く「名ばかり管理職」への批判に応えた形だ。同時に、店長手当をなくすなどして人件費を増やさぬ策も講じた▼タダ働きが減れば、会社は次の手を迫られる。残業代を抑えるには、新採用で人手不足を埋めるか、商いを身の丈に戻すしかない。何もせず、「残業代を減らせ」と号令をかけるばかりでは、病の巣は残る。