老齢加算廃止取消訴訟東京地裁判決

生活保護老齢加算を廃止したのは憲法違反であるとして、廃止処分の取り消しを求めた訴訟で、東京地裁は請求を棄却しました。

生存権訴訟:老齢加算廃止、生存権侵害せず 原告12人の請求棄却−−東京地裁

毎日新聞 2008年6月27日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20080627ddm041040003000c.html

 70歳以上の生活保護受給者に上乗せ支給されていた老齢加算を廃止したのは生存権を保障した憲法に違反するとして、東京都内の高齢者12人が居住する3市7区に廃止処分の取り消しを求めた訴訟で、東京地裁は26日、請求を棄却した。全国8地裁に起こされた同種訴訟で初の判決。原告側は控訴する方針。【銭場裕司、夫彰子】

 大門匡(たすく)裁判長(岩井伸晃裁判長が代読)は「生活保護費に付加して給付されている老齢加算を廃止しても、現実の生活水準を無視した著しく低い基準になるとは言えない」と述べた。食費を切り詰めたり、葬儀列席を控えている原告の生活については「不自由を感じる場面が少なくなく、廃止を問題視するのは無理からぬことだ」と理解を示しつつ「憲法25条が保障する『健康で文化的な最低限度の生活』を満たしていないとは言えない」と判断した。

 廃止の理由として厚生労働省は「低所得層の単身世帯では70歳以上の支出が60代を下回り、老齢加算に見合った『特別な需要』はない」としてきたが、判決は「合理的な根拠があり、裁量権の逸脱・乱用はない」と追認した。

 老齢加算は、高齢者には消化に良い食べ物や暖房が必要で、墓参りなど社会的費用もかかるとして1960年に創設された。対象者は約30万人。各原告は月額1万7930円を受給していたが、04年度9670円、05年度3760円と段階的に引き下げられ、06年度に全廃された。

 ◇小泉改革で決定、母子加算も全廃
 老齢加算は「小泉改革」で社会保障費の抑制論が強まる03年末、厚生労働省生活保護に関する検討会の提言がきっかけで廃止が決まった。その流れで一人親や両親不在の世帯を対象にした母子加算も、05年度から段階的な減額が始まり、来年度には全廃される。

 両加算の撤廃は「(生活保護を受けない)低所得世帯の方が受給世帯に比べ消費支出額が少ない」との検討会の提言が根拠。今回の判決は、家計調査をもとに生活保護世帯を「低所得層より豊か」と位置付け「生活の最低基準」までも相対比較で切り下げる厚労省の方針に沿った内容になった。厚労省の江利川毅事務次官は26日の会見で「生活実態に合うよう制度設計をしてきた政府の方針が基本的に認められたと考える」と判決を評価した。

 ◇「早く死んでくれと言わんばかり」 79歳、年20万円以上カットされ−−原告団
 「予想を裏切られた。国は金のない年寄りに早く死んでくれと言わんばかりです」

 原告団長の横井邦雄さん(79)は判決後の会見で悔しさをにじませた。

 横井さんの毎月の収入は生活保護費の約7万5000円のみ。老齢加算の廃止で年20万円以上がカットされ、おかずを2、3回に分けて食費を切り詰める生活が続く。「結局は食費を削って寿命を縮めている。見舞いや葬式も不義理にしてしまい、心に痛みが残ります」と語った。

 慢性のバセドー病を患う長女(56)と2人で暮らす原告の八木明(めい)さん(82)は「自分がいなくなった後、長女の生活はどうなるのか。このままだと切り捨てられる一方になる」との思いで裁判に加わった。会見では「勝訴しか考えていなかったので、涙がぽろぽろこぼれて止まらなかった。生活が苦しい人たちを裏切っていいのか」と唇をかみしめた。

 原告代理人の新井章弁護士は「全く時代感覚に欠けた判決。高裁に適正な判断を仰ぎたい」と批判した。

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 ■解説

 ◇生活実態調査、判決も「強く要請」
 東京地裁判決は憲法が保障する生存権の侵害は否定したが、生活保護を受ける高齢者の不自由さも指摘した。財政難を理由に社会保障費を安易に削る行政の動きにお墨付きを与えたわけではなく、厚生労働省には生活保護の理念と生活実態に即したきめ細かい制度運用が求められる。

 生存権が争点になった大型訴訟は、1960年の1審判決で低すぎる生活保護基準が違法とされた「朝日訴訟」以来。2審で逆転敗訴したが、基準はその後向上した。しかし、緊縮財政が続く中で老齢加算が廃止され、再び生存権の問題が浮上した。

 全日本民主医療機関連合会によると、老齢加算の廃止後、5割超の世帯が食費を切り詰め、約4割が洋服を全く買っていない。聞き取り調査をした社会福祉士らは「付き合いを控えて孤独感が強まり、惨めな思いをしている」と口をそろえる。

 判決も「原告は余裕に乏しく、非常につましい生活を送り、あらゆる場面で節約を強いられ、不自由を感じる場面が少なくない」と認めた。生活保護に詳しい森川清弁護士は「まず緊縮財政方針ありきで、厚労省が生活実態調査に基づいて廃止を決めたかは疑問だ」と指摘している。

 生活保護を巡っては、09年度での母子加算廃止のほか、基準を更に引き下げる動きもある。判決は「本体と言える生活保護費の減額が問題とされるのであれば、生活実態にかかる調査が極めて強く要請される」と言及しており、正確な実態調査なしに安易な削減をすることは許されない。【銭場裕司】

老齢加算訴訟 「生存権」が心配になる

信濃毎日新聞 6月27日社説
http://www.shinmai.co.jp/news/20080627/KT080626ETI090015000022.htm

 生活保護費の「老齢加算」の廃止は、「生存権」を保障した憲法に違反するとして、高齢の受給者たちが取り消しを求めた裁判で、東京地裁は原告の請求を棄却した。
 老齢加算が廃止されて、憲法25条が定める「健康で文化的な最低限度の生活」が営めるのかどうか−。それが争点だった。
 判決は、加算の廃止は「現実の生活条件を無視した著しく低い基準を設定したとまではいえない」として、合憲と判断した。「最低限度の生活」は維持できているという判断である。
 本当にそうだろうか。
 老齢加算は70歳以上の受給者に対して、消化のよい食事や冠婚葬祭などのために生活費に一定額を上乗せしていた。2004−06年度に段階的に廃止された。
 高齢の受給世帯は、9割近くが1人暮らしだ。加算の廃止で、苦しい生活をさらに切り詰めている。葬式にも顔を出せず、孤立感を深める人が少なくない。
 岡山県の療養所患者が国に生活保護費の支給を求めた「朝日訴訟」で、1960年の1審判決は、生存権を人間らしく生きる権利ととらえた。生活保護制度は、生存権を具体的に保障する「命綱」だ。後退させることに、司法は慎重であるべきだった。
 気になるのは、この判決が、生活保護水準の引き下げを進めている政府の動きを、追認することにならないか、ということだ。
 厚生労働省老齢加算の廃止に続き、母子世帯に対する「母子加算」も減額し、09年度には全廃する。昨年は保護基準の引き下げに手を付けようとした。増え続ける社会保障費の抑制がねらいだ。
 厚労省は加算の廃止や基準引き下げの理由として、生活保護費が低所得世帯の生活費を上回っていることを挙げている。だが、これでは発想があべこべだ。
 生活保護を必要とする世帯のうち、実際に受けているのは約2割、という試算もある。本来ならば、保護基準を下回る低所得世帯の底上げを図るべきなのに、より困窮している方へ保護基準を合わせては、セーフティーネットの水準が果てしなく下がってしまう。
 生活保護の基準は、保育料や介護保険料の減免など、低所得者対策のものさしにもなっている。最低賃金にも影響を及ぼす。
 新潟、福岡など他の9地裁で、加算廃止の取り消しを求める同様の訴えが起こされている。受給者の生活の実態をくみ取った判断を期待したい。

老齢加算廃止]現実を直視した判決か

沖縄タイムス 2008年6月29日 社説

 相次ぐ食料品など生活必需品の値上げと、増大する医療費の負担に苦しむお年寄りには、あまりに厳しい司法判断だ。
 東京地裁は、生活保護制度の見直しで七十歳以上の高齢者に支給されていた「老齢加算」の廃止が生存権を保障した憲法に違反するとして、東京都内の七十―八十代の男女十二人が調布市など三市七区に取り消しを求めた訴訟で、決定は合憲との判決を下し、請求を棄却した。
 判決は「廃止を問題視するのは無理からぬことだ」と理解を示しつつ、「廃止決定は現実の生活条件を無視した著しく低い水準ではない」と指摘。その上で「『最低限の生活』の需要を満たしていないとはいえない」などとして、原告の訴えを退けた。
 庶民の生活感覚からかけ離れた判決で、行政の間違いや行き過ぎをチェックすべき司法の役割を果たしたとは言い難い。
 七十歳以上の生活保護世帯に支給されてきた「老齢加算」は一九六〇年から四十年以上続いてきた。それが、財政難を背景にした生活保護基準の見直しに伴い、二〇〇四年度から削減され、〇六年に廃止された。
 廃止によって、月額九万九千円の生活費から約一万八千円の加算金が削減された原告もいるという。十万円に満たない生活費が、二年後には二割削減である。生活が困窮するのは明らかだ。
 同じような訴訟は、札幌、京都、福岡など九地裁で争われている。
 司法は、「老齢加算」の廃止決定に至る経緯と原告の生活実態を詳細に調べ、財政難のツケを生活保護受給者に回した行政の不備を指摘してもよかったのではないか。
 「老齢加算」の廃止決定をめぐる訴訟は、生活保護制度の貧弱さを如実に示している。
 四十年も続いてきた制度を財政が苦しいという理由で、廃止するのもふに落ちない。
 財政難でなすべきことは無駄を省くことであり、国民の、それも日々の生活に困っている人々に負担を強いるような政策は、そもそも間違っている。
 政府は、訴訟で争う前に「最低限の生活すら維持できない」と裁判所に駆け込んだ高齢者の訴えに耳を傾け、支援することを考えるべきであったと思うがどうか。
 日本の平均寿命は女性八五・八一歳、男性七九歳と、世界一の長寿国だ。古今東西、長寿は最もめでたいことの一つとされているのだから、お年寄りは「世界一の幸せ者」と言っていいはずなのに、現実は大きく異なる。
 老齢加算の廃止に加え、後期高齢者医療制度など、お年寄りに冷たい政策が次々に打ち出されている。さらに、人権のとりでと信じ、救済を求めた司法が追い打ちをかけたといってもいい。
 東京地裁の判決後、原告団長の横井邦雄さん(79)は「われわれは国民の中で最も弱い立場にあり、金のない年寄りは早く死んでくれということか」と嘆いた。
 お年寄りにこんな悲しいことを言わせる国が果たして「長寿国」と言えるのか。疑問というしかない。

判決骨子、判決全文、原告団声明

http://d.hatena.ne.jp/hinky/20080626