社説:高齢者の犯罪 刑務所が老人施設でよいか(毎日新聞)

毎日新聞 2008年11月19日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20081119ddm005070097000c.html

 刑法犯が減少しているのに、65歳以上の高齢者による犯罪は急増している。このまま団塊の世代が高齢期に達すると、刑務所は高齢者であふれる……。今年の法務省犯罪白書は、高齢者による犯罪の増加が深刻な状況になっていると警告を発し、実効ある対策が急務だと訴えている。

 昨年中の交通関係を除く一般刑法犯の検挙者は約36万6000人。3年連続で減少したが、このうち約13%、約4万9000人を高齢者が占めた。10年前の3・8倍、20年前の約5倍に増え、過去最多となった。刑務所に収容された高齢者も、20年前の約6倍の1884人を数えて最多記録を更新。新規受刑者に占める割合も6%を超した。

 高齢者人口もこの20年で倍増したが、高齢の検挙者や新規受刑者の増加率は人口増を大きくしのぐ。年代別に人口あたりの犯罪率をみると、各年代が前年を下回っているのに、70歳以上だけが上昇する特異な現象となっている。高齢者は分別があって体力が衰えるので犯罪率は低い、という従来の常識は覆された形だ。

 高齢者の検挙容疑の65%は窃盗、22%は放置自転車の使用窃盗などの占有離脱物横領で、この二つの罪名による検挙者が全体を押し上げた形だ。累犯者が実刑判決を受けるため受刑者増にもつながっているが、多くは比較的軽微な犯罪だ。窃盗の大半は万引きで、生活に困窮したり、空腹に耐えかねての犯行が多い。

 件数は少ないものの暴行、傷害などの粗暴犯、詐欺などの財産犯、性犯罪などでも高齢者が全体に占める比率は上昇している。不安感や焦燥感などが影響するのか、見ず知らずの相手に突然暴力をふるうケースなども増加している。

 白書は、有罪判決を受けた高齢者らへの特別調査の結果をもとに、高齢になってからの初犯者の半数近くが生活の困窮から犯行に及んでいたり、単身者ほど罪を重ねる傾向が認められる、などと指摘。高齢者の生活の安定を図り、孤立させぬように福祉を拡充し、地域と連携して社会全体で対策を講じる必要がある、と提言している。もっともな提言であり、高齢者への就労支援などを充実させるべきは言うまでもない。

 老人施設の様相を呈し出した刑務所の現状を、関係者は直視すべきだ。医療や介護を必要とする受刑者が目立ち、入所前には医療サービスなどを満足に受けられず、服役してほっとしている者もいる。そもそも福祉面での支援があれば、犯罪に走らずに済んだ者も少なくない。累犯者とはいえ、軽微な万引き犯らをコストのかかる刑務所に収容することへの疑問もある。

 福祉の足らざるところを矯正施設に肩代わりさせないよう、団塊の世代が高齢期を迎える前に、対策を急がねばならない。